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大阪高等裁判所 昭和39年(行コ)66号 判決

大阪市都島区高倉町一丁目一〇四番地

控訴人

馬場良之

右訴訟代理人弁護士

伊藤一雄

栗岡富士雄

大阪市東区大手前之町

被控訴人

大阪国税局長

岩尾一

右指定代理人検事

樋口哲夫

同法務事務官

風見源吉郎

同大蔵事務官

藤原末三

高橋光生

右当事者間の所得税課税処分取消請求控訴事件につき、当裁判所は昭和四一年二月一〇日終結した口頭弁論に基き次のとおり判決する。

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、控訴人

原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和三五年七月一八日なした控訴人の昭和三〇年度ないし昭和三三年度分所得税更正決定に対する審査決定を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、被控訴人

主文と同旨。

第二、当事者双方の主張、証拠の提出、援用、認否

次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、控訴人の主張

(一)  株式会社橘屋(以下単に橘屋という。)は、控訴人がその仕入係として勤務していた昭和三〇年八月頃、金融機関からの融資を受ける途がなくなり、個人金融を得ようと奔走し、控訴人に対しても、橘屋の代表取締役岡本敬之助や会計担当役井上金三郎から縁故を求めて個人で金融してくれる者を探すよう命ぜられたので、控訴人はその頃橘屋に対して金融してくれる貸主二名を知り、これらに懇願を重ねた結果、橘屋は控訴人の紹介によりこれら二名の貸主から金融を受けることができたのであるが、各々から、必ずその氏名、住所などを秘するよう、また短期貸付であるとの堅い条件が付せられていた。

右貸主二名、氏名は調査の結果次のとおり判明した。

(イ) 松島政治郎

同人は吹田市内本丁二丁目(旧旭町通)において鶏卵商を統営する者であつて、橘屋は同人から金二五万円を借り入れた。橘屋が会社更生の申立をする際裁判所に提出した財産目銀に、松島政治郎からの借入金二五万円が計上されているのがこれである。

(ロ) 藤本季芳

同人は堺市墨江二、二七番地公団住宅六棟一〇四号に住居している者であつて、橘屋は同人から金四六〇万円を借り入れた。そして橘屋は、右借入にあたつての条件を守り、同人の氏名を秘し「馬越登」という仮空の氏名を使用した。橘屋の前記財産目録に馬越登からの借入金四三〇万円が計上されているが、その「馬越登」というのは実は藤本季芳の匿名であり、また、その金額が金四四三〇万円というのは誤りで真実は金四六〇万円である。

(二)  「藤田幸一」というのは、橘屋が会社更生の申立をした頃、その代表取締役岡本敬之助が、更生手続開始決定後更生管財人から郵便物が出されることを虚り、「藤田幸一」という架空名義を作り、その住所を控訴人方として郵便物が配達されるようにしたものにすぎぬ。なお、「乾」とか「西野」とかについては、控訴人には全く心当りがない。

(三)  橘屋は短期貸付という条件で前記借入をし人のであつたが、金策ができないままその返済はのびのびになつていた。右借入に際し橘屋は借用証書を差し入れないで約束手形を振り出し、弁済期日において延期手形を振り出して旧手形を回収する方法をとり、また利子の支払については控訴人が従来主張したとおりの方法をとつていた。

(四)  かように橘屋は控訴人の奔走により松島政治郎から金二五万円、藤本季芳から金四六〇万円を借り入れた。控訴人は、橘屋に対し前記財産目録記載のとおり金四〇万円を貸し付けたが、それ以外には、被控訴人主張のような松島政治郎、馬越登、藤田幸一その他控訴人以外の名義をもつて橘屋に貸付金を有しない。従つて控訴人は、右貸付金四〇万円に対する利子収入以外には、松島政治郎、馬越登、藤田幸一名義をもつて利子収入を得たことはない。

(五)  なお、松島政治郎は前記貸付金二五万円につき橘屋振出の金額金二五万円の約束手形一通を、また藤本季芳も前記貸付金四六〇万円につきいずれも橘屋振出の金額一〇〇万円の約束手形三通、金額七〇万円、金額五〇万円の約束手形各一通、金額二〇万円の約束手形二通を、それぞれ手残り手形として現に所持していることが判明した。

二、証拠関係

(一)  控訴人

甲第一二号証の一ないし七、第一三、一四号証を提出。当審における証人松島政治郎、同藤本季芳の各証言を援用。

(二)  被控訴人

右甲号各証の成立は知らない。

理由

当裁判所もまた、被控訴人のなした本件審査決定には違法の点はないと認めるものであつて、その理由は、次に付加変更するほか、原判決の理由と同一であるからこれを引用する。

一(イ)  控訴人は、昭和四〇年五月七日当裁判所受付の準備書面により、その後調査の結果、橘屋に対する金二五万円の貸主である松島政治郎の住所、職業等が判明した旨を主張するが、当審における証人松島政治郎の証言によれば、松島政治郎は昭和二一年頃から今日まで、吹田市内本町二丁目一番地の七に店舗を構えて引き続き鶏卵卸商を営んでいる者であつて、控訴人も昭和二二年頃同じ町内に居住していた関係から松島と親交があり、当時から松島の右店舗を熟知していたことが認められるから、控訴人が当審に至つて、始めて松島の住所等が判明したように主張するのは、とうていそのままに採用し難いところである。

(ロ)  しかも、右松島の証言によれば、松島は昭和三一年頃控訴人からの依頼により、控訴人を通じて橘屋に対し金二五万円を貸し付けたというのであるが、その貸付にあたり、松島は貸主としての自己の名義を出さないよう控訴人に要求したことはない、というのであるから、もしも真実、控訴人がその主張のように橘屋に対する右貸金の取次をしただけであるとするならば、控訴人としては、橘屋に対し松島の住所を明らかにしても一向に差し支えはなかつたはずであつて、これをことさらにかくす必要もなかつたものと思われる。ところが、控訴人は、原判決の認定のとおり、これまで極力これをかくしていたものであるが、この点について何等納得のいく説明はない。

(ハ)  のみならず、前記松島の証言によれば、松島は、橘屋に対する前記金二五万円の貸金につき橘屋振出にかかる約束手形の交付を受けていたが、右手形はその後何回も書き替えられ、その間毎月橘屋から月五分の割合による利子(合計額は金四五万円位)の支払を受けていたとのことであるが、右証言以外に、これらの点を裏付ける証拠は何もない。

(ニ)  なお、前記松島の証言によれば、松島は控訴人あるいは橘屋に対し、従来右手形の書替、貸金元本の返済、利子の支払等を要求したことも、また橘屋に対する会社更生手続において右貸金を更生債権として届出をしたこともなく、現に橘屋振出にかかる右書替手形も所持していないことが認められる。

(ホ)  以上の諸事情と弁論の全趣旨とを総合すれば、松島が控訴人を通じて橘屋に対し真実金二五万円を貸し付けたものであり、橘屋から控訴人を通じて利子の支払を受けていたという前記松島の証言には、多分に疑問があつて、とうていそのまま信用することはできず、従つて、控訴人は、貸主たる松島と借主たる橘屋との間に立つて単に貸金の仲介をしたもので、ただ貸主の住所を秘していたものにすぎないということはできないのであつて、いぜんとして、控訴人は自己の架空名義として松島名義を利用したものにとどまるとの認定をくつがえすにたらない。

二、次に控訴人は、前記準備書面により、調査の結果、橘屋に対する金四六〇万円の貸主馬越登名義の貸金の貸主の住所氏名が判明したとし、その真実の貸主は藤本季芳である旨を主張する。しかしながら、

(イ)  当審における証人藤本季芳の証言によれば、藤本季芳は昭和二七年二月控訴人の妹と夫婦になり、ステンレス販売業を営む者であつて、控訴人においてもち論その住所、氏名を熟知していたものであることが認められるから、控訴人が当審に至つて初めてその住所、氏名が判明したように主張するのは、とうていそのまま採用し得ないところである。

(ロ)  そして右藤本の証言によれば、藤本は昭和二九年暮か翌三〇年初め頃控訴人に頼まれ、控訴人を通じて橘屋に対し一、二回にわたつて金員を貸し付け、橘屋振出の約束手形の交付を受けていたが、右手形はその後何回も書き替えられ、その間橘屋かと月五分の割合による利子の支払を受け、現に手許に橘屋振出の約束手形七通(額面合計金四六〇万円)が残つており、昭和四〇年九、一〇月頃控訴人の要求で右手形を控訴人に交付した、とのことであり、控訴人は当審において右手形七通を甲第一二号証の一ないし七として提出した。しかし、右貸付金の総額、元本に対する内入弁済の有無、受取利子の総額等について右藤本の証言するところは極めてあいまいであるのみならず、控訴人は当審において、当初、藤本の橘屋に対する貸金のために振出された手形として藤本の手許に残つているのは甲第一二号証の一ないし五の五通(額面合計金四二〇万円)であり、同号証の六および七の二通(額面合計金四〇万円)は、控訴人自身の橘屋に対する貸金の見返手形であると主張していたのを、のちに至つて、控訴人自身の貸金の見返り手形として残つているものはなく、右甲第一二号証の一ないし七は全部藤本の橘屋に対する貸金の見返り手形として同人の手許に残つているものであるとその主張を訂正しているのであるが、右訂正のいきさつからすれば、前記七通の手形ははじめから藤本の手許にあつたのではなく、全部控訴人がこれを所持していたものではないかとの疑をいれる余地が十分であり、ほかに、藤本の橘屋に対する貸金、橘屋からの利子の受領につき右証言を裏付ける証拠はない。

(ハ)  以上の諸事情と弁論の全趣旨によれば、前記藤本の証言もまたこれをそのままに信用することはできず、従つて、控訴人は、貸主たる藤本と借主たる橘屋との間に立つて単に貸金の仲介をしたもので、ただ橘屋に対して貸主の名前を秘していたものにすぎないということはできないのであつて、控訴人は自己の架空名義として馬越名義を使つたのにとどまるとの認定を左右するにたらない。

三、さらに控訴人は、「藤田幸一」というのは、橘屋の代表取締役岡本敬之助が更生管財人からの郵便物を受領するための便宜上、考え出した架空名義にすぎぬと主張するけれども、原判決認定のとおり、そのような事実を認めることはできない。甲第一四号証は右認定を左右するものではない。

四、なお、いずれも成立に争いのない甲第七号証の一、二、同第八、九号証、同第一〇号証の一、二、同第一一号証は、原判決の認定をさまたげるものではなく、また甲第六号証の一、二は、原審における控訴人本人尋問(第一回)の結果により真正に成立したものと認められるが、その記載中右認定に反する部分が真実を伝えるものとは認められない。

そうすると、本件審査決定の取消を求める控訴人の本訴請求は失当であり、右請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて本件控訴を棄却することとし、民事控訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小石寿夫 裁判官 日野達蔵 裁判官 松田延雄)

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